携帯端末のアンテナ性能

携帯通信機器には常に高く厳しい要求水準が課せられます。多機能化と低コスト化への間断ない要求に、研究開発部門は機器の効率を改善することで応え、携帯ネットワークサービスの水準を満たす端末を実現して来ました。この流れを考慮すると今後の機器設計は一世代ごとにますます薄く、小さく、複雑となると同時に、現在と同程度かそれ以上の性能と多周波数帯への対応が求められることが予想されます。

携帯端末のアンテナ性能については、受信電力の最大化を図る以外に、人体をはじめとする周辺オブジェクトへの影響を考慮する必要があります。アンテナの性能測定では、均質なモデルを使用してアンテナ損失と電力発散を控えめに見積もります。アンテナとシステムを含む全体の性能については、アクティブモードとパッシブモードの技術的要件をセットで定量化することができると考えられます。

パッシブモードのアンテナ性能はアンテナ効率で測ることができます。アンテナ効率は放射効率と反射損失効率の二つに分けられます。アクティブモードでは、全システムの効率は送信時(Tx)の全放射電力(TRP: Total Radiated Power)と受信時(Rx)の全等方感度(TIS: Total Isotropic Sensitivity)で定義されます。アクティブモードの性能の測定は、正確ですが時間を要する方法で行われます。開発の過程でこの測定を幾度か行う必要があります。しかも製品開発がある程度の段階に達した時点で行わないと、アンテナ性能について信頼できる予測を得るのは困難です。

図 1:携帯端末の解析段階
図 1:携帯端末の解析段階

Sony Ericsson M600について、複雑さの段階別にシミュレーションを実行し、結果を測定結果と比較しました。すべての測定はSony Ericssonの試験施設で実施しています。各シミュレーションモデルを図1に示します。左からシンプルなアンテナとPCB、数百個のコンポーネントを含む端末の全構造、全構造とSAM頭部、全構造とSAM頭部と均質な手部のモデルを示し、右に進むに従って複雑度が高くなります。

アンテナレベルのシミュレーション

アンテナレベルのシミュレーションは、アンテナの設計と最適化を目的として行います。主な指標として反射損失、放射効率、各周波数における放射分布などがあります。シミュレーションにはCST MW STUDIOの時間領域ソルバーを使用しました。近傍界や遠方界のような周波数領域の値は、離散フーリエ変換に基づく電磁界モニター機能を使用して、1回のシミュレーションから複数の周波数における値を計算できます。金属オブジェクトと誘電体オブジェクトにはリアリスティックな損失値を定義します。

自動適応機能を使用して収束スタディを実行し、収束した計算により正確な解が得られるようにします。比較的粗い221,000セルを初期メッシュとしましたが、適応過程の3回のパスで最終的なメッシュソリューションが得られました。収束スタディでは2回のパス間でSパラメータの差を求め、その最大が解析周波数範囲にわたって(0?3GHz)0.02以下となることを自動適応の停止基準としました。これに加えて、2つの周波数帯で放射効率の収束を計算しました。

最終的な収束には38分で達しました。このとき、2回目のパス(メッシュセル数383,000)で既に十分に収束した結果が得られています。したがって、これより先さらに最適化を進める場合は3回目のパスをスキップし、12分ほどで収束した結果が得られることが分かります。

最終的な収束まで要した時間は38分です。2回目の計算実行時のメッシュセル数は383,000で、十分に収束した結果が得られました。このことから、次の最適化プロセスの計算は12分ほどで終了すると予測できます。収束が十分でしたので、3回目の計算はスキップしています。

図2:収束したメッシュ<br />端末のみ(左)とSAMファントムを含むモデル(右)
図2:収束したメッシュ
端末のみ(左)とSAMファントムを含むモデル(右)

収束したメッシュを図2に示します。PIFAアンテナのベントしたプレーナ、アンテナキャリア、PCBが見えます。湾曲した形状は直交メッシュのメッシュラインに一致しないため、通常の階段メッシュでは問題となりますが、CST MWSではTST技術を用いてメッシュを横断する金属シートを考慮できます。さらにPBA技術も共に適用して、図のようにやや粗めのメッシュにおいても収束した結果を導き出します。

図3:アンテナレベルのシミュレーション結果(緑)と測定値(赤):反射損失(左)と放射効率(右)
図3:アンテナレベルのシミュレーション結果(緑)と測定値(赤):反射損失(左)と放射効率(右)

収束したアンテナシミュレーションの結果と測定値を図3に示します。反射損失(左)と放射効率(右)のどちらについてもシミュレーション結果と測定値の間には良好な相関が見られます。GSM周波数における放射分布を図4に示します。この計算ではプラスチックの筐体を考慮していないため、共振が僅かに1GHzと2GHzにシフトしています。

図4:2つのGSMバンドにおける放射分布
図4:2つのGSMバンドにおける放射分布

端末機器レベルのシミュレーション

アンテナ設計の次の段階として、アンテナを含む端末機器全体について計算を行います。この計算によってバッテリー、カメラ、フラッシュキャパシタなどの近接オブジェクトの結合効果と共に、筐体やディスプレイスクリーン等の誘電体材質の影響の評価が可能となります。

携帯端末はおよそ60のコンポーネントから構成され、各コンポーネントはさらに数百から数千のファセットにより構成されます(図5参照:背面カバーとバッテリーの蓋部分を非表示にしています)。電磁界に及ぼす影響(寸法と位置で決まる)に基づいてシミュレーションにおいて考慮するコンポーネントを選択し、目的の周波数で端末の形状を正確に簡略化しました。

図5:端末のフルモデル:プラスチック部分(赤と青)、金属部分(銅と金)を含む。
図5:端末のフルモデル:プラスチック部分(赤と青)、金属部分(銅と金)を含む。

形状データはCST MWSのSTEPインポート機能でインポートしました。シミュレーション実行前にモデルを修復する過程は不要でした。製品設計とワークフローの効率に関して、このことは重要な点です。携帯端末フルモデルのシミュレーションでも前セクションと同様の収束スタディを実行しました。その結果、モデルのメッシュセル数は594,000となり、収束モデルに対するシミュレーションは合計19分で終了しました。

フルモデルのシミュレーションにおいても反射損失と放射効率を求め、測定結果と比較しました。プロットを図6に示します。フルモデルのシミュレーションであるため、周波数は周知の携帯端末の周波数帯にシフトダウンしています。高周波数帯の反射損失に若干の差異が見られますが、共振周波数、バンド幅、放射効率とも、二つの結果はおおむね良好な相関を示しています。

差異の原因は、測定とそのディエンベディングにおいて使用された給電点の正確な位置が不明であることにあります。モデルに設定した材質の特性値が一部正確ではない可能性もあります。

図6:端末フルモデルのシミュレーション結果(緑)と測定値(赤):反射損失(左)と放射効率(右)
図6:端末フルモデルのシミュレーション結果(緑)と測定値(赤):反射損失(左)と放射効率(右)

端末機器については、反射損失と放射効率以外にもTRPやTISなどの全体的な数量が重要な値となります。このような値の計算では、アンテナ特性に加えてアンプとPCBの信号伝送、整合回路を考慮に入れる必要があります。図7はCST DESIGN STUDIOでセットアップした回路を示します。回路には理想的なソース、PCB伝送を表すtouchstoneファイル、整合回路、およびアンテナ給電を行うマイクロストリップラインが含まれています。この回路のシミュレーションによってシステムのSパラメータと、近傍界および遠方界が求められ、それらからさらにTRPが導き出されます。この理想化されたセットアップでは、1.8GHzにおけるTRPは23.27dBm、アンプリファイア電力は0.25Wとなりました。

図7:整合回路とアンテナの3D結果を含めた回路シミュレーション
図7:整合回路とアンテナの3D結果を含めた回路シミュレーション

補聴器などの他の電子機器との相互作用が想定される端末機器では、近傍界も重要な意味を持ちます。シミュレーションによって近傍界データを正確に予測することができます。結果を図8に示します。端末背面から10mm距離の自由空間における電界と磁界(正規化した)を示します。青色の輪郭は端末の位置を表します。

図8:端末背面の近傍電界と磁界:シミュレーション結果(左)と測定結果(右)
図8:端末背面の近傍電界と磁界:シミュレーション結果(左)と測定結果(右)

人体レベルのシミュレーション

携帯端末のテストの最終段階は、人体、特に頭部と手部を含む評価です。IEEE標準(たとえばIEEE1528)にしたがい、SAMの頭部モデルを使用しました。人体組織の周波数依存性誘電プロパティが定義された標準に従って、CST MWSの分散材質モデルを使用してシミュレーションを行います。

頭部と手部を加えた携帯端末のシミュレーションでは、メッシュ数は424万、計算に要した時間は1.58時間になりました(デュアルコア デュアルCPU、2GHz、8GB RAM)。サブグリッディングスキームを使用するとメッシュ数を削減することができます。このスキームにより携帯機器内部のメッシュは細分化される一方で頭部のメッシュは比較的粗く、周囲空間のメッシュは非常に基本的なメッシュとなります(図2右参照)。この結果、メッシュ数は922,000と大幅に減少し、シミュレーション時間も44分に短縮されました。

このシミュレーションではSAMファントムや均質人体モデルが携帯端末の性能に与える影響を理解する重要な手がかりが得られます。放射分布に影響が現れるのは明らかですが、放射効率もまた頭部と手部の影響を受けます。放射分布を図9に示します。図4のアンテナ単体の遠方界とは大きな違いが見られます。

図9:GSMバンドにおける放射分布:頭部と手部を含むシミュレーション
図9:GSMバンドにおける放射分布:頭部と手部を含むシミュレーション

放射効率の計算結果を図10に示します。端末単体(phone)、端末をSAMファントムの右頬に当てた場合(Phone head)、そこにさらに手部を加えた場合(Phone head hand)を比較しました。上記の通り、放射効率も人体モデルの影響を受けることを示しています。

図10:アンテナ効率計算の結果<br />電話機単体、電話機+SAM、電話機+SAM+手部モデル
図10:アンテナ効率計算の結果
電話機単体、電話機+SAM、電話機+SAM+手部モデル

最後に、SAMファントムによるシミュレーションは発散電力の予測にも役立つことを付記します。発散電力は設計上重要な値です。測定値は認証のための必要事項にもなっています。これをシミュレーションによって予測することにより、設計工程の早期から制御が可能となります。

まとめ

本事例では、現在の3次元電磁界シミュレーションで実行可能な事柄の一端を示しました。携帯端末のアンテナ開発の全段階、つまりアンテナ設計から機器の最適化、人体組織との相互の影響にいたる各段階でシミュレーション結果と測定結果を比較し、良好な相関が得られました。測定データに数値シミュレーションを加えることにより、電磁界の詳細に内部的な視野を広げることができます。

時間領域ソルバーは1回のシミュレーションから広帯域の結果を求めることができます。目的の周波数と電磁界値をあらかじめ選択して計算値を保存することができ、たとえば反射損失、放射効率、近傍界と遠方界、損失モニターなどの値が一度に得られます。先進のメッシュ技術はシミュレーション時間を大幅に短縮し、アンテナシミュレーションであれば数分で完了し、複雑な自動最適化の実行も可能となります。解析効率と信頼性の向上により設計コストのリスクを低減することができます。

確認事項:
本事例はCSTとSony Ericsson Mobile Communicationsの共同研究の成果の一部です。CSTはSony EricssonのDr. Omid Sotoudehに対し特別の謝意を表します。同博士にはモデルと測定結果をご提供いただき、またシミュレーション結果について多くの実りあるご意見を頂戴しました。この記事の全文は、Microwave Journal (2008年1月号)に掲載されています。http://www.mwjournal.com

会社名
株式会社エーイーティー
所在地
〒215-0033
神奈川県川崎市麻生区栗木2丁目7番6号
TEL:044-980-0505(代表)
CST Studio Suiteは ダッソー・システムズの製品です。ダッソー・システムズについては

ダッソー・システムズ株式会社はフランスに本社を置くソフトウェア開発企業です。
CAD CAM PDM PLM シミュレーションを始めとする卓越した3DEXPERIENCEを通じてお客様の3次元設計・エンジニアリング・3次元CAD・モデリング・シミュレーション・データ管理・工程管理を強力に支援します。

CST Studio Suiteは ダッソー・システムズのシミュレーションソリューションブランド SIMULIAの製品です。

 sample